現代のNBAで「3ポイントシュート」を打たないチームはありません。ステフィン・カリーのように美しい放物線を描くスリーやBリーグでは富永啓生選手があっと驚くスリーを決めるなど今やリーグの華であり、勝敗を分ける最大の武器です。
しかし、時計の針を1979年に巻き戻してみると、そこには信じられない光景が広がっています。
「あんなのはおもちゃだ」
「テレビの視聴率を稼ぐためのサーカス(見世物)にすぎない」
当時、リーグの歴史を創ってきたレジェンドや名将たちは、この新しいルールに対して激しい嫌悪感を抱き、大ブーイングを浴びせていたのです。
なぜ、のちにNBAの戦術を根底から覆すことになる「3点」のラインは、ここまで嫌われていたのか? 今回は、データや年表には載っていない、当時の人間たちの頑固で泥臭い反発のドラマを紐解いていきます。
1.レジェンドすら困惑。ラリー・バードが放った「おもちゃ」という本音
3ポイントシュートの歴史において、最大の皮肉とも言える事実があります。それは、のちに「伝説の3ポイントシューター」として歴史に名を残すことになる男、ラリー・バード(ボストン・セルティックス)でさえ、導入当初はこのルールを激しく嫌っていたということです。
1979-1980シーズン、ラリー・バードは鳴り物入りでNBAにデビューしました。まさに3ポイントシュートがリーグに初めて導入された記念すべきその年です。
外からの正確無比なシュートを持ち味としていたバードにとって、この新ルールは追い風にしかならないはずでした。しかし、当時のバードが残したコメントは、驚くほど冷ややかなものでした。
「最初はみんな、3ポイントラインなんてただの『おもちゃ(Gimmick)』だと思っていた。あんな遠くからシュートを打つなんてまともな戦術じゃないし、誰も気にとめていなかったんだ」
この本音を証明するある数字があります。デビューイヤーのバードが、シーズン82試合を通して放った3ポイントシュートの数は、わずか58本。現在のNBAであれば、一流のシューターなら3〜4試合で打ってしまう本数です。しかも、そのうち決まったのはわずか23本(成功率39.7%)でした。
のちに、NBAオールスターの3ポイントコンテストで、ロッカールームに入るなり他の選手たちに向かって「おい、お前らの中で2位になるのは誰だ?」と言い放ち、宣言通りウォームアップジャケットを着たまま優勝することになる、あの絶対的な自信に満ちたバードですら最初は新ルールを「自分たちの愛するバスケットボールを汚す安っぽい仕掛け」として無視していたのです。
稀代の天才シューターですらこの対応ですから、周囲の拒絶反応はさらに凄まじいものでした。
2.「あんなのはサーカスだ!」名将たちの怒りと拒絶
バードですら「おもちゃ」と冷笑していたのですから何十年も「泥臭い伝統的なバスケ」を信じてきた頑固な監督(ヘッドコーチ)たちの拒絶反応はさらに凄まじいものでした。
当時の指導者たちにとって、バスケットボールの鉄則はただ一つ。「ゴールに近づくほど、シュート確率は上がる」ということ。戦術とは、いかにディフェンスを崩してゴール下へボールを運ぶかであり遠くからシュートを放つなど「ただのギャンブル」であり「怠慢」だと教え込まれていたのです。
そこへ突如として現れた「遠くから決めたら3点」という新ルール。これに凄まじい剣幕で噛み付いたのが、ボストン・セルティックスを何度も世界一に導いた伝説的なGMレッド・アワーバックでした。
「3ポイントなんてただのサーカスだ。テレビの視聴率を稼ぐための安易なギミック(仕掛け)にすぎない。そんなものが必要ないくらい、我々のバスケはすでに完成されている」
彼はこのルールを「商業主義に魂を売った悪魔の発明」だと本気で嫌悪していました。
アワーバックだけでなく、監督たちが一斉にこの新ルールへの「サボタージュ(反抗)」を始めます。当時の多くのチームで、ある共通の「裏ルール」が作られました。
それが、「試合中に3ポイントを打ったやつは、即ベンチに下げる」という、強烈な脅しです。
監督たちからすれば、リバウンドも拾えないような遠い位置から勝手にシュートを打つ行為は、チーム規律を乱すスタンドプレーそのもの。コート上には「ルールはあるのに、打つと怒られる」という、今では考えられない奇妙な緊張感が漂っていました。
その結果、リーグ全体がこの新ルールを完全に「無視」するという、シュールなカオス状態へと突入していくのです。
3.1試合に両チームで3本!?初年度の信じられない「カオス」
「打ったら即ベンチ」という監督たちの無言の圧力の結果、1979年に幕を開けた新シーズンのコート上では、今見ると笑ってしまうような異様な光景が広がっていました。
それを最も雄弁に物語るのが、当時の驚くべき「数字」です。
3ポイントシュートが導入された1979-1980シーズン、リーグ全体の1試合平均の3ポイント試投数は、両チーム合わせてわずか「2.8本」でした。
現代のNBAでは、1チームだけで1試合に35本〜40本以上打つのが当たり前です。しかし当時は、試合全体の48分間で、両チーム合わせて「3回くらいしか打たれない」ルールだったのです。試合によっては、どちらのチームも1本も打たないままタイムアップを迎えることも日常茶飯事でした。
では、その貴重な「2.8本」は一体どんなシチュエーションで打たれていたのでしょうか?
戦術として美しくパスを回してノーマークを作る……なんてことは一切ありませんでした。当時は、各クォーターの終了間際や、試合終了直前に「もう時間が1秒もない! どこからでもいいから放り投げるしかない!」という、いわゆるイチかバチかの超ロングシュート(ブザービーター)の時だけ、おまけで3点になるルールという認識をされていたのです。
つまり、当時の選手やファンにとって、3ポイントラインは「狙うもの」ではなく、「追い詰められた時だけ使う非常階段」のような存在でした。
ラインの手前でわざわざ急ブレーキをかけて、3点になるように足元を確認して打つ選手を見て、観客席からは「おいおい、あいつは一体何をやっているんだ?」と失笑が漏れることすらありました。
ルールを作った運営側は「これで遠くからの華やかなシュートが増えて、試合が盛り上がるぞ!」と期待していたのですが、現場の人間たちがこぞって無視したため、完全に目論見が外れてしまったのです。
しかし、この「誰も使わないお荷物ルール」がNBAに採用されるまでには、実は18年前に「時代を先取りしすぎて全財産を失った男」の、切なすぎる執念の物語がありました。
4.時代を先取りしすぎて破産した、ある男の執念
誰も使おうとせず、お荷物状態だった3ポイントシュート。しかし、なぜNBAはこれほど嫌われていたルールをわざわざ導入したのでしょうか?
その裏には、NBAが採用する18年も前(1961年)に、全財産を賭けてこのルールを発案し、そして大失敗した「早すぎた天才」のドラマがありました。
男の名はエイブ・サッパースタイン。当時、伝説のパフォーマンス集団「ハーレム・グローブトロッターズ」の創設者として有名だった彼は、新しく立ち上げたマイナーリーグ「ABL」で、世界初となる3ポイントラインを導入したのです。
彼の狙いは明確でした。
「身長2メートルを超える大男たちがゴール下を支配するバスケは、もう退屈だ。これからは、外から正確なシュートを打てる小柄な選手が主役になる時代が来る!」
彼は大興奮でこのルールをお披露目したのですが、当時のスポーツメディアや世間の反応は冷酷そのものでした。「バスケットボールを壊す悪魔の発明」「ただの見世物だ」と叩かれまくり、人気はまったく低迷。結局、リーグはわずか1年半で破産し、サッパースタインは巨額の富を失うことになります。
しかし、歴史の神様は皮肉な悪戯を仕掛けます。
それから18年後の1979年、本家であるNBAは、深刻な「観客動員不足」と「テレビ視聴率の低迷」に頭を抱えていました。当時のNBAはスター不在で、試合が地味。ガチでお金がなくなっていた運営陣は、なりふり構っていられない状況に追い詰められていたのです。
「背に腹は代えられない。かつてABLがやった、あのド派手な3点シュートのルールを、カンフル剤として使ってみよう」
そう、NBAはサッパースタインの理念に共感したわけではなく、「ガチで客が呼べなくて困ったから、一度は潰れたおもちゃのルールを拾い上げた」というのが、3ポイント誕生の泥臭すぎる真相だったのです。
一度は悪魔の発明と罵られ、歴史の闇に消えかけたルール。それが「大人の事情」で無理やり復活させられたからこそ、第1章や第2章で紹介したような、現場の猛反発へと繋がっていきました。
【結論】「嫌われ者のおもちゃ」が、リーグの支配者になるまで
最初は「おもちゃ」と笑われ、名将たちから「サーカス」と嫌悪され、大人の事情で無理やり導入された3ポイントシュート。
しかし、歴史が証明した通り、最後に笑ったのは時代を先取りしすぎたサッパースタインの執念でした。
導入から40年以上が経った現代のNBAでは、3ポイントを打たないチームは生存できません。ステフィン・カリーのような異次元のシューターが現れ、かつては「ギャンブル」と呼ばれたシュートが、今や「最も効率よく勝つための最強の戦術」へと完全に立場を逆転させたのです。
もし、1979年に「3ポイントを打ったらベンチに下げる!」と激怒していた頑固な監督たちが現代のコートを見たら、間違いなく腰を抜かしてひっくり返ることでしょう。
スポーツの歴史を紐解くと、今私たちが当たり前のように熱狂しているルールやチームの裏側には、こうした人間味あふれる泥臭いドラマが必ず隠されています。
ルールが変われば、戦術が変わる。戦術が変われば、歴史が変わる。
こうした「歴史の背景や因縁」を少しだけでも知った上で、いま現在進行形で進化している現代のバスケ(NBAや、2026年9月に新しく開幕するB.PREMIER)を見ると、コート上の攻防がこれまでの10倍深く、面白く見えてくるはずです。
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