ゴールが「3.05m」という、メートル法で見るとちょっと中途半端な数字になっている裏側には、130年以上前の「ある冬の日の偶然」と、1人の若き教員の必死な試行錯誤、そして熱狂した観客たちとの攻防戦という、実に人間味あふれるドラマが隠されています。
この数字が今も世界共通の基準として残っている理由を、いくつかのエピソードとともに紐解いていきましょう。
1. 始まりは「超ラフな無茶振り」からだった
現代では、世界中で何億人もの人々が熱狂し、NBAスターたちが何十億円もの富を築くスポーツ、バスケットボール。
さぞかし緻密な科学的計算と、高尚な理念のもとに作られたのだろう……と思いきや、その誕生の瞬間は、現代のブラック企業も青ざめるほどの「超ラフな無茶振り」からでした。
時は1891年の冬。舞台はアメリカ・マサチューセッツ州にある、YMCAの体育専門学校です。
のちにバスケの生みの親と呼ばれることになる若き教員、ジェームズ・ネイスミスは、ある日、上司から信じられない難題を突きつけられます。
「冬の雨や雪でも、室内で安全にできる『新しいゲーム』を2週間で作ってくれ」
当時のアメリカの冬は大雪。アメフトや野球などの屋外スポーツは一切できません。
仕方なく学生たちは室内で器械体操や行進をさせられていたのですが、血気盛んな若者たちにとって、それは退屈の極み。ストレスが限界に達した学生たちは、授業をサボり、ケンカを繰り返し、学校は荒れに荒れていました。
前任の担当者はストレスで胃を壊して辞職。まさに「学級崩壊」のピンチを救うため、ネイスミスに白羽の矢が立ったのです。条件は「2週間」。今なら確実にSNSで炎上しそうな無茶振りです。
締め切り前夜のドタバタ劇
ネイスミスは必死に考えました。
最初はサッカーやアメフトをそのまま室内でやらせてみましたが、狭い体育館で激しいタックルが起き、ケガ人が続出。体育館の床は血で染まり、窓ガラスは割れ、大失敗に終わります。
「人間は、走る先に『ゴール』があるからぶつかり合うんだ。……なら、ゴールを絶対に手が届かない『高い場所』に置けばいいんじゃないか?」
そう閃いたネイスミスは、締め切りの期限最終日、体育館の用務員であるステッビンズさんのもとへ駆け込みます。
「ステッビンズさん! 何でもいい、壁に取り付けられるような四角い木箱を2つ、大急ぎで用意してくれ!」
しかし、用務員の答えは無情なものでした。
「先生、そんな箱はあいにく切らしてるよ。……あ、でも、物置に『桃の収穫用のかご(ピーチ・バスケット)』なら2つ転がってたな。これで我慢してくれ!」
「……よし、それでいい! 持ってきてくれ!」
この、用務員さんの「まぁ、これでいいか」という適当なセカンドベストの提案こそが、のちに世界を熱狂させる「バスケット(かご)ボール」の歴史が動いた瞬間だったのです。
2. 「3.05m」は、ただの体育館の構造だった(決定の瞬間)
用務員のステッビンズさんが持ってきた2つの桃のカゴ。ネイスミスはこれを持って、いよいよ体育館へと向かいました。
彼が考えていたゲームの肝は、「ディフェンスが絶対に手が届かない、高い場所にゴールを設置すること」。
さて、このカゴを一体どこに取り付けようか?
ネイスミスが体育館を見渡したとき、たまたま目に入ったのが、館内の壁をぐるりと取り囲むように設置されていた2階席(ランニング用のバルコニー型トラック)の手すりでした。
「よし、あの手すりにカゴを打ち付けよう」
ハシゴを登り、手すりにトントンと釘を打ち付けたネイスミス。
このとき、たまたまその手すりの高さが、アメリカの単位でちょうど「10フィート」――メートルに換算すると「3.05メートル」だったのです。
もし、別の体育館だったら歴史は変わっていた
そう、現代のNBAスターたちが華麗なダンクを叩き込み、Bリーグの選手たちが1ミリの狂いもなく3ポイントシュートを沈める「3.05m」という高さ。
これは、最先端のスポーツ科学が導き出した数字でもなければ、偉い専門家たちが会議室で決めた数字でもありません。
「1891年当時、その体育館の2階席の手すりが、たまたまその高さだったから」
ただそれだけの理由だったのです。
もし、この体育館の天井がもう少し低かったら、あるいは別の学校の体育館で考案されていたら、ゴールの高さは2.8メートルや3.3メートルになっていたかもしれません。
天才たちの凄まじいプレイの基準が、実は130年以上前の「建築構造の偶然」によって決められたものだなんて、なんだかロマンがありますよね。
しかし、こうして偶然決まった3.05mのゴールですが、いざ試合を始めてみると、現代の洗練されたゲームからは想像もつかないような「超ドタバタ劇」が巻き起こることになります。
3. ドラマを彩る「おもしろ裏話」と進化の歴史
こうして「高さ3.05mの桃のカゴ」という、突っ込みどころ満載のゴールで始まったバスケットボール。
ルールも現代よりずっとシンプルで、最初はなんと「ドリブル禁止(パスを繋ぐだけ)」でした。そんな手探り状態で始まった第1回インドア・マッチですが、いざ蓋を開けてみると、現代の洗練された試合からは想像もつかないような「超ドタバタ劇」が巻き起こることになります。
① シュートが決まるたび、試合が1分ストップ!?
記念すべき最初の試合。ある生徒が見事な放物線を描いてシュートを決めました! 体育館は大歓声に包まれます。
……が、ここで全員が「ある重大なミス」に気がつきます。
「あ、カゴの底、閉じたままだわ」
そう、ネイスミスが使ったのは本物の「桃のカゴ」だったので、ボールが中に入ったまま落ちてこないのです。
そのため、シュートが決まるたびに試合を一時中断。わざわざ体育館の隅から長いはしごを持ってきて、審判がヨッコラショと登ってボールを回収するという、なんとも のんびりした光景が繰り広げられました。
「さすがにこれ、毎回やるのは面倒くさすぎるだろ……」
となった結果、数試合後にはカゴの底に小さな穴を開け、下からモップの柄で突っついてボールを押し出すスタイルに進化(?)。底が完全にくり抜かれたお馴染みの「ネット」になるまでには、少しの時間を要することになります。
② 観客 vs 選手!大バトルの末に生まれた「バックボード」
現代のバスケでは、リングの後ろにある四角い板(バックボード)を使ってボールを跳ね返らせるシュート(バンクシュート)がお馴染みですよね。
実はこの板、最初は存在しませんでした。
では、なぜ設置されるようになったのか? 原因は「お行儀の悪い観客たち」でした。
ゴールのカゴは、2階席のバルコニーの手すりに直接取り付けられていました。つまり、ゴールの真後ろには、熱狂した観客たちが鈴なりになって座っているわけです。
すると、お気に入りのチームを勝たせたい2階席の観客たちが、相手チームの放ったシュートを足で蹴り出したり、カゴを直接手で揺らしたりして、ゴールを物理的にブロックするという暴挙に出始めたのです。
これに困り果てたネイスミスが、「観客がボールに触れないように、カゴの後ろに遮断用の板を張ろう!」と思いついたのがバックボードの始まり。
もともとは「観客の邪魔を防ぐための防護壁」だった板が、のちに「リバウンド」というバスケに欠かせない最強の戦術を生むことになったのですから、歴史の皮肉というか、面白いところですよね。
4. なぜ「3.05m」のまま変わらないのか?
誕生から130年以上が経ち、バスケットボールは劇的な進化を遂げました。
人間の平均身長は当時よりはるかに高くなり、現代のプロリーグには身長2メートルを超える大男たちがゴロゴロいます。彼らにとって、3.05mという高さは「ちょっとジャンプすれば手が届く」レベルです。
当然、歴史の中で「ゴールをもっと高くすべきでは?」という議論は何度も持ち上がりました。
実際、1950年代にはゴールの高さを12フィート(約3.65メートル)に引き上げたテストマッチが行われたこともあります。しかし、結果は大不評でした。
ゴールが高すぎると、バスケの一番の醍醐味である「美しい放物線を描くロングシュート」や「目まぐるしい空中戦のスピード感」が消え去り、ただの「背が一番高い人が有利な、退屈なゲーム」になってしまったのです。
1891年のあの冬の日、たまたま体育館の手すりの高さだった「3.05m」。
それは、人間が知恵と技術を振り絞り、限界を超えた身体能力でぶつかり合うために、これ以上ないほど絶妙に計算され尽くしたような「神のバランス」だったのです。
偶然から始まったドラマは、今もコートの上で続いている
たまたま上司に無茶振りされ、たまたま物置にあった桃のカゴを、たまたまそこにあった3.05mの手すりに打ち付けた。
そんな信じられないような「偶然の連鎖」から始まったバスケットボールは、今や世界最高峰のエンターテインメントへと昇華しました。
3.05mのリングを見上げて、
「どうすればあの高さに、綺麗にボールを吸い込ませることができるか」
「どうすればあの高さへ、誰よりも高く跳ぶことができるか」
先人たちが130年間積み重ねてきたドラマの答えが、現代のプロリーグのコートに詰まっています。この背景を知った上で観るバスケは、きっと今までとは違った面白さが見えてくるはずです。
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