今や何千億円という巨額のお金が動く現代サッカー。しかし、そのすべての始まりである1888年のイングラド・フットボールリーグ創設期は、まさに「金欠と生存権をかけた泥沼の戦い」でした。
1. 「労働者の飯の種」vs「お坊ちゃんの道楽」
19世紀後半、サッカーは上流階級(パブリックスクール出身者)の趣味として嗜まれていました。当時のフットボール協会(FA)のトップたちは、「スポーツで金銭を得るなど卑しい」と信じて疑わないアマチュアリズムの信奉者たちでした。
しかし、イギリス北部やミッドランド地方の産業革命が進むにつれ、工場で働く労働者たちがサッカーに夢中になります。工場主たちは自チームを強くするため、裏で「工場の手当」や「架空の職」を用意して有能な選手に給料を支払い始めました(実質的なプロ化)。
これに気付いたFA(上流階級側)は大激怒。「金で買われた選手などスポーツマンではない」とプロ選手やそのクラブを締め出そうとします。
しかし、労働者クラブ側も黙っていません。「プロを認めないなら、俺たちでFAを抜けて新しい協会を作る」とストライキを予告。当時すでに観客動員で稼いでいた労働者クラブを失えばFAも破産するため、1885年、FAはついに折れる形で「プロ化の解禁」を容認せざるを得なくなりました。
2. 創設の引き金は「相手が来ない!」という泥縄な日常
プロ化が認められたものの、クラブ経営者たちは新たな地獄に直面します。当時は全国統一の「リーグ戦」など存在せず、日程はすべて各クラブが個別に組む「親善試合」か「FAカップ」のみでした。
ここで頻発したのが「当日のドタキャン」です。
遠征費をはたいて相手の街まで乗り込んだのに、相手クラブから突然「すまん、今日もっと客が入る別のチームと急遽試合することになったからナシで!」と断られることが日常茶飯事でした。また、真剣勝負ではない消化試合のような親善試合ばかりでは観客も飽き、客足は遠のく一方。
経営者たちは「プロ化したのに選手に払う給料がない…」と頭を抱えました。
3. 服屋のおじさん「ウィリアム・マクレガー」の危機感
この惨状に立ち上がったのが、アストン・ヴィラの役員であり、普段はミッドランドで衣料品店を営んでいたウィリアム・マクレガーでした。
「このままではクラブが倒産する。毎週土曜日に確実に試合が行われ、お互いにチケット収入を分け合える固定のスケジュール表=『リーグ』を作らなければダメだ」
そう痛感したマクレガーは1888年3月、主要クラブへ一斉に手紙を送ります。「毎週決まった相手とホーム&アウエーで戦う定期戦を作らないか?」と。この一通の手紙が、世界初のサッカーリーグ誕生への最初の一歩となりました。
4. 吹き荒れるネガティブな反発と懸念
今でこそ当たり前となった「リーグ戦」ですが、当時は猛烈な反対意見や不安の声が飛び交いました。
- 「スポーツが見世物サーカスに成り下がる」アマチュア主義を掲げる伝統派は、「毎週順位を競い、入場料で金儲けをするなどスポーツに対する侮辱だ」と批判しました。
- 「移動で選手が壊れる」当時は移動手段といえば蒸気機関車(SL)。過酷な移動と毎週の激しい試合に「選手が物理的に耐えられない」と心配されました。
- 「引き分けなんて退屈だ」当時は「勝つか負けるか」のノックアウト方式(カップ戦)が主流。「引き分けで勝ち点1を分ける」というルールに対し、「そんな不完全燃焼な試合にお金を払う客がいるわけがない」とバカにされたのです。
5. 裏切りと排除——「1都市1クラブ」というエゴ
さらに、創設メンバー12クラブを決める会議では、生々しい利権争いが展開されました。
マクレガーたちはリーグの希少価値を高めるため、「1つの都市につき1クラブまで」という排他的なルールを提示します。これにより、マクレガーの地元バーミンガムでは、ライバル関係にあった「ミッチェル・セントジョージズ」が不当に排除され、アストン・ヴィラが枠を独占しました。ノッティンガムでも、ノッツ・カウンティが選ばれ、ノッティンガム・フォレストが弾き出される結果となったのです。
ハブられたクラブたちは激怒し、「コンビネーション」という別の対抗リーグを立ち上げるなど、激しい醜聞とドタバタ劇が繰り広げられました。
なお、初代12クラブの中に「首都ロンドン」のクラブは1つもありません。ロンドン勢は「あんな北部の貧乏労働者たちの金儲け興行には付き合えない」と高飛車に加入を拒否したからです。
6. 初代王者プレストン・ノースエンドの「金満」不敗伝説
1888年9月に幕を開けたフットボールリーグ。初代王者に輝いたのは、22試合を18勝4分0敗という圧倒的な強さで駆け抜けたプレストン・ノースエンドでした。
彼らは「インビンシブルズ(無敵の者たち)」と称えられましたが、この圧倒的強さの理由は美談だけではありません。当時のスコットランドがまだプロ化を禁止していたことに目を付け、潤沢な資金でスコットランド人のトップ選手たちを「爆買い」して引き抜いていたのです。いわば当時の「大富豪クラブ」による力技の勝利でもありました。
まとめ:お金に困ったおじさんたちが作ったシステムが、世界を狂わせた
「金儲けだ」「見世物だ」とバカにされ、身内同士のエゴやドタキャンへの怒りから生まれたフットボールリーグ。
しかし、蓋を開けてみれば「毎週、贔屓(ひいき)チームの真剣勝負が見られる」という仕組みは大爆発的な人気を博しました。後から「不参加」を決め込んでいたロンドン勢や南部のクラブたちも手のひらを返し、こぞってリーグへ参入を乞うことになります。
綺麗事だけでは生きていけなかった19世紀の男たちが、なりふり構わず作った仕組み。それこそが、現在私たちが週末に熱狂しているフットボールの原点なのです
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