陸上:【54年かけてゴール!?】マラソン世界最遅記録を持つ金栗四三の「遅すぎる」感動の物語

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「世界で最も遅いマラソン記録」を持っている人物をご存知でしょうか?

その記録、なんと54年8ヶ月6日5時間32分20秒3。半世紀以上です。

記録を作ったのは、日本マラソンの父と呼ばれる金栗四三(かなくり しぞう)。 NHKの大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の主人公としても話題になった人物です。

「途中で遊んでいたの?」「途中で寝ちゃったの?」と思ってしまうようなタイムですが、この前代未聞の記録の裏側には、日本人初のオリンピック挑戦における挫折と、54年の時を経て結実した感動の人間ドラマがありました。

今回は、なぜこのような奇跡の記録が生まれたのか、その歴史とドラマチックなエピソードをご紹介します!

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1. 日本人初のオリンピック選手誕生と「消えたランナー」

物語の舞台は1912年(明治45年/大正元年)、ストックホルムオリンピック。 日本が初めて参加したオリンピックです。

当時、東京高等師範学校(現在の筑波大学)の学生だった金栗四三は、予選会で当時の世界記録を大幅に更新するタイムを叩き出し、彗星のごとく日本代表に選ばれました。

しかし、当時の日本にとって海外への渡航は未知の領域。 羽田スタジアムでの予選からストックホルムまでの道のりは、まさに試練の連続でした。

18日間の過酷すぎる旅路

現在のように飛行機でひとっ飛び……とはいきません。 新橋駅から列車に乗り、船で大陸へ渡り、そこからシベリア鉄道に揺られること18日間。

ガタガタと揺れる車内では満足に練習もできず、金栗は列車が駅に停車するわずかな時間を使ってホームを走り込み、脚力を維持しようと奮闘しました。さらに、現地に到着しても当時のスウェーデンは白夜。夜になっても明るい環境にうなされ、重い時差ぼけと精神的疲労に苦しめられます。

最高気温40度という異常気象

大会当日(1912年7月14日)、さらなる試練が金栗を襲います。 北欧の冷涼な気候を想定していたにもかかわらず、当日のストックホルムは季節外れの猛暑。最高気温は40度近くまで跳ね上がりました。

出走した68名の選手のうち、過半数の34名が途中で棄権。翌日には参加選手の一人(フランシスコ・ラザロ選手)が熱中症で亡くなるという、オリンピック史上でも稀に見る過酷なレースとなったのです。

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2. レース中の失踪と「庭で飲んだシナモンジュース」

過酷な環境の中、金栗四三は日の丸を背負ってスタートを切りました。

しかし、26km地点を過ぎたあたりで、極度の脱水症状と日照りによって金栗の意識は朦朧(もうろう)となります。ついに足を止め、コース沿いの農家の庭先に倒れ込んでしまいました。

農家の人々に救われた金栗

倒れた日本人を見つけたその農家(ペトレ家)の人々は、金栗を家の中に運び込み、手厚く介抱してくれました。冷たい水とシナモンジュース(あるいはイチゴとミルクとも言われています)を振る舞われ、ベッドで休まされた金栗が目を覚ましたときには、すでに翌日の朝になっていたのです。

レースはとうに終了していました。

恥ずかしさと失意のどん底に突き落とされた金栗は、大会本部に棄権の連絡を入れる心の余裕もないまま、失意のうちに帰国の途につくことになります。

こうして、大会本部の記録には「棄権(DNF)」ではなく、「競技中に失踪(行方不明)」と記載されることになりました。

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3. 「地獄の足袋」から始まった日本マラソンの進化

失意の底にあった金栗ですが、彼はただ落ち込んでいるだけの男ではありませんでした。

帰国後の日記に彼はこう書き残しています。

「敗れし選手は重き口を開かず。ただ黙して次回の準備に向かうのみ」

金栗はこの挫折を糧に、日本マラソン界の改革に乗り出します。

  • マラソン足袋の開発: ストックホルムの硬い石畳で足を痛めた経験から、ハリマヤ靴店の創業者とともに足袋のソールをゴムで補強した「カナグリシューズ」を開発。
  • 箱根駅伝の創設: 1920年、「世界に通用するランナーを育てるには、長距離の駅伝が必要だ」と発案し、現在の「箱根駅伝」の礎を築きました。

金栗四三が撒いた種は芽吹き、やがて日本はマラソン強豪国へと成長していくことになります。

4. 54年後のサプライズ!ストックホルムからの招待状

ストックホルムでの失踪から半世紀以上の時が流れた1967年(昭和42年)。

すでに75歳になり、故郷の熊本県で穏やかな隠居生活を送っていた金栗のもとに、一通の奇妙な招待状が届きます。差出人はスウェーデン・オリンピック委員会でした。

実は、当時のスウェーデン本部に「競技中に失踪した日本人・金栗四三」の記録が残っており、委員会が調査したところ「まだ存命で、日本マラソン界の重鎮として健在である」ことが判明したのです。

「ストックホルムオリンピック開催55周年記念行事」として、委員会は金栗を現地に招待し、こう持ちかけました。

「あなたの記録はまだ続いています。今すぐゴールを切ってください!」

5. 伝説のゴールインと名スピーチ

1967年3月21日、ストックホルムのスタジアム。 白髪となった金栗四三は、かつてのユニフォーム姿を思わせるいでたちで、大歓声に包まれながらトラックに姿を現しました。

そして、競技場のゴールテープを笑顔で駆け抜けます。

アナウンスが響き渡りました。

「日本の金栗選手、ただいまゴールイン! タイム、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3。これをもって第5回ストックホルムオリンピックの全日程を終了します!」

54年間ずっと開いたままだったストックホルム大会の歴史が、この瞬間、ついに閉じられたのです。

ゴール後、マイクを向けられた金栗は、満面の笑みでこう語りました。

「長い道のりでした。この間に、妻をめとり、子供が6人、孫が10人できました」

敗北のトラウマや失意を乗り越え、半世紀かけて人生という長いマラソンを走り切った金栗四三だからこそ言える、あまりにも暖かく、粋な名スピーチでした。

まとめ:諦めなければ、人生のゴールはいつでも美しい

金栗四三の「世界最遅記録」は、単なるアクシデントの産物ではありません。 初めての挑戦で味わった挫折、それを糧に日本マラソン界を育み続けた情熱、そしてそれを温かく受け止めたスウェーデンの人々のユーモアと愛が織りなした奇跡の物語です。

失敗しても、どれだけ時間がかかっても、諦めずに歩み続ければ、最後には最高のゴールが待っている——。 金栗四三の人生は、現代を生きる私たちにそんな勇気を与えてくれます。

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